学校日記

“一隅”№20

公開日
2010/08/19
更新日
2010/08/19

校長メッセージ

−恩師・S先生(1)−

平成21年7/3、東陸中校長研の会場、浜松アクトシティ内にある「財団法人・浜松市文化振興財団」の理事長をされている高校時代の恩師・S先生にお会いすることがやっと叶いました。

以前から一度先生にお礼を申し上げたく思っていたのですが、なかなか実現できなかった非礼を詫び、1時間程話をさせていただくことが出来ました。

私は高校時代、非常に勉強のできない生徒でした。赤点もとりました。高校2年の時、担任の先生に呼び出され「遠方から通う生徒は2種類。勉強ができるか、できないか、お前は後者だ。」と勉学に勤しまない私を叱咤してくれましたが、私は耳を貸そうとはしませんでした。

高校3年生になり、S先生の日本史の授業を受けました。まるでドラマを見ているような先生の講義に私は魅了されました。それまで、勉強など全く興味を示さなかった私がノートにS先生の話を記録し続けました。授業が終わると先生によく質問をしました。1学期の日本史の中間テストで私は80点をとります。私は特にテスト勉強した訳でもなく、80点もとれたのですから、満足していたのですが、級友のO君から言われました。「なんだ、河合。お前あんなに日本が好きだと行っていたくせに、80点かよ。」と。

みんな勉強していましたから私と同じくらいの成績だったのです。私は大橋君の一言で奮起し始めました。日本史の成績はその後、うなぎ登りです。それに引きづられるように他の教科も勉強し始めました。

S先生の授業を聞きたくて、ある土曜日のこと、朝から気分が悪く、伏せっていた私は、嘔吐すると気分が回復してきたので、隣の親戚のおじさんに頼み込み、自動車で浜松の高校まで送ってもらい、日本史の授業を受けました。小中高校と生まれて初めて一日も学校を休まない一年になりました。

大学もS先生の授業の中に出てきた京大事件が私に大きな影響を与えました。歴史が大好きになった私は、歴史の舞台である京都の町にも強いあこがれを抱いていました。

高3のある日、浜松の本屋で先生が書籍を探す姿を目にしました。先生は勉強しているんだ、尊敬に値する先生だと得心しました。勉強の大嫌いな私がまがりなりにも大学を目指し、日本史を中心に勉強し始めたのはS先生のお陰でした。先生はそのことを知りませんでした。

(平成21年7月6日)