学校日記

“一隅”№28

公開日
2010/08/25
更新日
2010/08/25

校長メッセージ

−定年シンドローム−

毎月「日本教育」という雑誌が送られてきます。
平成21年12月号の「私の提言」に掲載されていた大宮知信氏の「定年前に備えよ、定年後の落とし穴」と題された文章に出会いました。私も後5年で定年ですので興味津々、読んでみました。
大宮は言います。「定年後の人生をハッピーなものにできるかどうかは、経済的な余裕より、むしろやりたいものがあるかどうかが大きく左右する。仕事にせよ趣味にせよ、やりたいことが明確にあって意欲的に取り組んでいる人は、定年後も、イキイキとリタイアメントライフをエンジョイしている。」と。

さらに大宮は続けます。「うまくいっている人は見栄や世間体から自由で、研究心旺盛。現役時代の肩書きにとらわれず、好きなことを好きなようにやっている。逆に雑誌やテレビなどのメディアに登場する人たちの成功モデルを真似るだけで自分の頭で考えようとしない指示待ち族の人は、定年後の趣味というパターン化された、いま流行の『麦うち男』になっていまう。」

なるほど。この話を興味深く読んだ時、平成22年1月30日の朝日新聞「フロントランナー」に取り上げられていた「上原ひろみ」(浜松市出身・ジャズピアニスト)の生き様と照らしたくなりました。

ものすごいエネルギーで演奏する上原は演奏中にピアノの弦を切ってしまうこともあるそうです。高校生の時、浜松に公演のため来ていたチック・コリア(私も大好きなピアニストです、大学の時「リターン・ツー・フォーエバー」のレコードアルバムをよく聴きました)に強引に面会し、即興曲をチック・コリアの前で弾いて認められ、プロになるよう勧められたにもかかわらず、20歳で渡米しバークリー音楽院を首席で卒業する直前、現地のレコード会社と契約したのだそうです。

24歳で出したデビューアルバム「アナザー・マインド」は日本に逆輸入され、20万枚を売るヒットを記録したとか。新聞には上原ひろみの生き方を象徴しているエピソードが紹介されています。
ピアノを弾くことが好きな上原は「プライベートの旅先でピアノがない時間が続くと元気がなくなる。耐えられず、民家の戸をノックして『ピアノがあったら弾かせて』と、頼んで回ったことがある」というのです。
「好きこそ物の上手」
とは有名な諺。

夢中になれるものがあるかどうか、このことは定年の問題とは関係なく、人の生き方としてとても大事なことだと思います。上原ひとみ程でなくとも、一途に上達を目指してやり続ける経験、生き方が人を育てると源泉であると、私は考えます。

数寄(すき)ものの研究は古来より多く取り上げられています。鴨長明は『方丈記』が有名ですが、私は彼の『発心集』に注視します。鎌倉時代初期の数寄ものを集めた短編集です。一途に笛を吹くことに執心した者など、数々の数寄者が紹介されています。室町時代には心敬というお坊さんが「執心」という心の向きの重要性について書き残しています。

いずれ、古来より一途に自分の心を振るわせ、集めようとした人々は存在しましたし、一部ではありますが評価されていたのです。そして、現在においても「数寄心、執心」は、評価されるべき大事な心の向きだと私は思っています。

むろん、その向きによっては他人に迷惑をかけたり、社会に悪影響を及ぼしたりもします。だから、単純に自分の心の向きだけを貫こうとするだけではいけません。向きを錬磨する必要があるのです。ここが勉強のしどころとなります。ただ、笛が好きだけでは、自己満足で終わりです。

名人と称される人々はおしなべてこの執心を抱き、一途に力を注いだ人です。彼らはレベルが上がると共通の言葉を出すようになります。

「生かされている」と。

上原ひろみは、新聞のインタビュー、「スランプや限界を感じることはないのですか。」に答え、「自分のレベルでは、まだまだだと思っているので、そんなこと言ったら笑われてしまいますよ。」と。敬服します。

記者の最後の質問、「目標が高いのですね。」には、「山は、そびえ立っていますよ。ピアノを、もっと自由自在に操り、ピアノを通してまだ見ていないもの、見えそうなものを、常につかんでいきたい。たぶん登山家と一緒です。その山を登り切れば、いい景色が見られる。それを見たら見たで、もっとよい景色が見たくなるのです。」と答えています。
上原ひとみ等の生き方は授業を核とする教師の在り方や生きたかにもそのまま置き換えられそうです。

「〜したい」をキーワードに算数教育に邁進するのは正木孝昌氏です。静岡新聞(H22.2.7)に正木先生の「生きる学力、どう育てる」と題された記事が取り上げられています。詳細は2月23日に予定される西浦小の研修会の席で紹介するつもりですが、「たい」が学びの原点であり、生き方の根底をなすものであることを確認することが何より要だと思います。

(平成22年2月15日)