「椋駒」のいわれ
- 公開日
- 2006/09/22
- 更新日
- 2020/10/06
学校の紹介
「駒止めの椋」
この木は、伝説によると鎌倉時代1193年の5月8日から6月7日に行われた富士の巻狩りの際に、源頼朝が馬を止めたといわれる「駒止めの椋」です。当時この木は石川の塩置場新田(現沼津市石川162番地)という所にありました。そこにくつわが壊れた頼朝が通りかかり、その時、この木の下で藁の馬のくつわを作っていた老人が、そのくつわを頼朝に献上したといわれています。(昭和42年4月15日浮島中学校PTAの役員により、この校門脇に移植されました。)
平成13年3月17日、総合的な学習の時間に、3名の生徒の手で、上記した説明文が板に書かれました。現在、その説明板は南校舎一階の総合学習室に収められています。